ゼンタイ Archives

2005年05月30日

[ゼンタイ]
久しぶりにゼンタイを着た。

■以前は頻繁にゼンタイを着て男女入り乱れてすりすりするイベントに出てたり、
タモリ倶楽部に出てゼンタイの普及に努めようとがんばっていた私だが、
最近はすっかり枯れてゼンタイの世界から遠ざかっていた。

ところがひょんなことから「ゼンタイを着てスリスリを体験してみたい」という
女の子からの申し出があったので、事務所のスタジオにマットを敷き、
仕事を終えてうちの事務所までわざわざやってきた彼女に
なつかしのヒョウ柄ゼンタイを着せてスリスリすることに。

「わー。これ、下着を全部脱ぐんですか?」
「うーんと、パンツとブラは脱いでこの30デニールのタイツをはいていただくとよいかも」
「そうですか。では着替えます」

彼女はさしたる抵抗もなく服を脱ぎ、直にタイツをはき、ゼンタイを身にまとう。

「ではこちらのマットにごろりとどうぞ」
「わー。なんか鼻が潰れる。息が苦しいような気が」
「すぐになれると思うよ。とりあえずすりすり。」
「わかりました、すりすり。」

顔をなで、腕をさすり、腰を抱き寄せ、お互い顔も見えない状態で
ただ吐息の音だけを聞きながらひたすらスリスリ。
乳首やクリトリスなどを直接触らないのがポイントだ。

「エッチというより、なんかすごくばかになったような気がします」
「そうだよ。そういう遊びなんだ、これは」

すりすり、ぎゅむぎゅむ、さわさわ、すりすり
延々さすること約3時間。

「うーん手があったかくてきもちいいー」
「人数が多かったらもっと気持ちいいよ」
「もうこのままずっとしていたいですぅー」

世の中には2種類の人間しかいない。
ゼンタイを着てスリスリしたことのある人間とそうでない人間だ。
(画像はやせてた頃の私です)

2004年06月15日

[ゼンタイ]
ヒョウ女にゼンタイセラピー。


 
■「ああ、気持ちいい。」
 
自らを包む、ヒョウ柄ゼンタイの肌触りに陶酔する、怪奇ヒョウ女。
 
「自分で脚をこすりあわせているだけで気持ちいい」
 
ヒョウ女のリクエストに答えて奉仕戦闘員は、ふくらはぎの内側、腕、背中をマッサージ。
スリスリ、スリスリ、ライクラの衣擦れの音だけが深夜の室内にこだまする。
 
「胸を触ったりしちゃ、ダメよ」
 
仕方なく、ゼンタイ姿でなるべく接触面積が大きくなるように絡みつき、
ヒョウ女をハグ。 ひたすら、ハグ。
 
そこにはいわゆるフツーのセックスで感じるような高まる快感ではなく、
ただひたすらに脳の奥のほうでジワリとした快感がエンドレスで続く特異な世界が。
 
大脳旧皮質、けものの脳の快感。 胎内回帰願望。 被捕食の夢。
 
「ゼンタイセラピーってアリだと思います?」
「うん、あり、あり!」
 
そうか・・・。
ぼくはいつかゼンタイセラピーのマニュアルを作ろうと思う。
 

2004年05月30日

[ゼンタイ]
彼女は大水槽の中で、ぴったりしたスーツに身を包み、体のすべてを見られる。


 
■新江ノ島水族館の「相模湾大水槽マリンガールダイビングショー」。
 
タイトルからして、その筋の人間の好むツボをすべて押さえきっている。
 
マリンガール。
彼女はみづの中が好きで、その中で長くすごすことに快感を感じる。
彼女の体はぴったりした体の線もあらわなウエットスーツに覆われ、
高水圧の暖かいみづに覆われ、彼女のすべてが包み込まれている。
 
彼女は呼吸をか細いレギュレーターホースから供給される、圧縮空気に頼っている。
彼女の呼吸はその圧縮空気の流量に支配されている。
限りある圧縮空気を与えられ、彼女は呼吸の自由すら奪われている。
 
そして彼女は全身をみづを通して、水槽の厚いアクリル越しに、多くの人々に見られている。
 
彼女のウエストもくびすじも、ヒップからふくらはぎまでの流れるようなラインを、
タイトにフィットした多くの人に見られてしまっている。
 
包まれて呼吸の自由を奪われた自分の姿を見せて、
彼女は嬉々として、今日もみづの中に自分のすべてをゆだねて
ゆらりゆらりと漂っているのだ。
 

2004年05月23日

[ゼンタイ]
ゼンタイマーケットの崩壊。


 
■中国製ゼンタイをはじめとする格安ゼンタイが東急ハンズでも売られるようになって、
かつての「1ゼンタイドル=3万円」の為替レートが崩壊し、
ゼンタイ市場は一部の優良ハンドメイド品を残して価格破壊を起こしてしまった。
 
私自身、かつてはゼンタイを売っていたこともあって、
このゼンタイの価格破壊には忸怩たる思いもあるのだが、
タイツフェチとしてはあの快感がより多くの人に広まったのは、よいことだと思う。
 
その一方でやはり古きよき(ほんの数年前だが・・・)なつかしのゼンタイ時代に
郷愁を感じたりもするのだ。
 
そのころのゼンタイ界というのは、例えるなら幕末の京都のように
人格が崩壊した人々が結集し、イベントのたびにきらめくような伝説を作り上げていた。
それが正しかったというつもりはない。
ただ面白かったのだ。
 
物事が変化するスピード感を、その変化の真っ只中で体感することは、
ある意味、人生においてなのごとにも代えがたい快感だ。
安定してきてしまったゼンタイフェチ界に昔のような魅力を感じないのも、
その変化を微分した絶対値が、自分にとって小さくなってしまったからだと思う。
 
そういいながらも私は、わずかに手元に残ったゼンタイも持って、夜の街に繰り出す。

六本木のフェティッシュバーで女の子にゼンタイを着せてすりすりと触りまくり、
過ぎ去った栄光の時代を懐かしむ。
 
まったく関係ないが「新撰組!」のオダギリジョーが演じる斉藤一は
ぴっとさんの作ったゼンタイと同じくらい、最高だ。
 
【特別動画】 なつかしのゼンタイすりすりパーティムービー
 

2004年04月10日

[ゼンタイ]
呼吸を制限されるということ。


 
■10歳のとき、夜中にこっそり自分のベッドでパジャマを脱いでタイツをはいた私は、
もう一枚のタイツを頭からかぶってその息苦しさに慄然とした。
 
ゼンタイに全身を覆われる状態は、ある意味、「みづ」の中に沈む状態に似ている。
 
普段空気にしか触れていないので鈍化した表皮が、タイツもしくは「みづ」に覆われることにより、
すべての皮膚表面の神経が、敏感な感覚器に変容する。
その感覚は衣服に覆われることが少なく、手を触れることも少ない顔の皮膚においてより鋭敏になる。
10歳の私は、頭からナイロンのタイツをかぶることによって、そのことに気がついてしまった。
額、頬、唇、耳、顎。
 
同時にタイツのナイロンメッシュを通してする呼吸は
普段意識しない呼吸量を私の体に知らしめることになった。
すぅーっと息を吸うたびにタイツの繊維の抵抗にあう。
はぁーっと息を吐くたびに熱い空気が口や鼻の周りに広がる。
静かな夜にタイツを通した呼吸音がやけに耳に心地よかった。
 
このまま。
ナイロンの繊維が太く厚くなって、呼吸が制限され、息苦しくなったらどうしよう。
そんなことを夢想したとたん、私は水中で大ダコや河童に襲われる
アクアラング(TM)をつけたクストー探検隊のメンバーになった気がして、
眼もくらむような快感に気が遠くなりそうになった。
 
顔にかぶせたタイツの、余った脚の部分で口をふさぐように縛ってみる。
怪しい胸騒ぎがして思わず声が出そうになる。
プールの中にもぐって眼を開けて、青空を見上げたようなうれしさが
全身を貫いてゆく。
恐怖を超えた、瀕死の快感妄想。
 
なぜか下腹部ではタイツの下でペニスが硬くなっている。
幼かった私は、妄想とタイツの快感と硬くなったペニスの関係が良くわからず、
熱くなった体をもてあまし、大人になったら絶対にゴムの潜水服を買って
ベッドの中でこんな遊びをするんだと心に決めてしまったのだった。
 

2004年03月10日

[ゼンタイ]
目を閉じ、口をふさがれ、全身を覆われて人形となれ。


 
■人間は考える葦である、と言ったのはパスカルだが、
人間は管である、と教えてくれたのは誰だったか。
 
受精した卵細胞は分裂が進むと、それまでの球状の形態から
柏餅のように二つ折りになり、両端が癒着して中空の管を形成する。
そのチューブがそのまま人間の消化管、つまりは口から肛門までをつなぐ
管になるという話を聞いたときには戦慄した。
 
所詮、生物としての人間は土中にすむミミズとさして変わらないのだ。
口から泥を飲み込み、肛門から土を排出するミミズと同じく、
人間は食物を摂取し、その残りかすを排泄する。
つねに水の流れ続けているホースのようなもので、人は体内に動的な流れを持って生きている。
 
つまり、一瞬目に焼き付けた人の姿は正確な人間像ではない。
体内のチューブに摂取物を流すことなしに人間は成立しない。
そういう意味では、人間は無機物のようには独立して存在できない。
 
そんな呪縛を打ち砕こうと、古来、数多くの芸術家が、一瞬の人間の美を切り取った
芸術作品を残してきた。しかしその姿は一瞬。
人間自体がチューブであることをやめて、独立した芸術作品としてあることは不可能に近かった。
 
ゼンタイはそんな切ないヒトの宿命に真っ向から挑んだモノである。
 
ゼンタイに包まれた女性は物を食することができない。
さらにはゼンタイを着続けている限り、排泄の自由も奪われている。
人間という管の上下をふさぎ、流れを断ち切ることによって、
ゼンタイを着た女性は初めて動きながらも独立した存在になることができる。
 
動くオブジェ。
生き人形。
人間の形をした最小の拘束袋。
 
人間であることを強制的にやめさせられた彼女たちは、
初めて自由を得て、自分のアウトラインを意識し、
無機物になった夢を見る。
 

2004年02月17日

[ゼンタイ]
ゼンタイ酔い。


 
■縄酔いという言葉がある。
SMの縄師たちがよく使う言葉で、ロープで縛られた女性が、
その戒めをとかれた後も、まるで酒に酔ったように、
腰が砕け、朦朧となった状態をさす言葉だ。
 
縄酔いの原因は縄を解かれたときに急速に回復する血流、
精神的なショック、脳内麻薬の過剰分泌などさまざまだが、
SMの緊縛プレイの時だけではなく、女性にゼンタイを着せたときにも
この縄酔いに似た症状が見られることがある。
 
撮影用ではないゼンタイプレイをする場合、私はだいたい以下のプロセスをたどる。
 
●下着をすべて脱ぎ、タイツを下着代わりに着用
●その上からゼンタイを着用
●柔らかなマットやベッドの上に横たえる
●最初は手を握り、腕をさすり、安心させる
●体を密着させ、体温を伝え、顔をさする
●きつく抱きしめ、脚を絡ませ、ほおずりをする
と、こんな感じだ。
 
ひととおりのゼンタイプレイが終わって、ゼンタイのマスク部分をはずした時、
人によっては完全目がイッてしまっていることがある。
体の力が抜け、一人では起き上がることもできず、
ときには股間をびっしょり濡らしてしまっていたり、
言葉もろくに出ないまさに酔っ払い状態。
全身をぴったりと覆って締め付けたタイツが、
縄と同じような作用をして、彼女をこのようにしてしまう。
 
不思議なことにいろいろと気を使う男性側にはこのゼンタイ酔いの症状は出ない。
私はこのような状態の女性を見るたびに、
彼女の下半身ぴったり貼りついて、食い込むタイツになりたい、と
つくづく思うのである。
  

2004年02月14日

[ゼンタイ]
東急ハンズでゼンタイが売れる日。


 
■まさか自分が生きてるうちにこんな日が来るとは思わなかった。
 
自分で「タモリ倶楽部」に出て、「ゼンタイでいかに遊ぶか」というメソッドを
公開したのも悪かったのかもしれない。
顔まですっぽり覆うゼンタイは、絶対マニアにしかウケないと思ったのに。
 
ゼンタイ遊びはダイビングに似ている。
体の表面すべてを異物(ダイビングでは海水)に覆われつくされ、
胎児になったような、異性物に犯されているような、心地よさ。
特にポイントは顔の表面で、「顔を覆われる」ということは、
ある種のマゾヒズム、もしくは本能的なムズムズ感を発動させる。

イスラームとは本来、「すべてをゆだねる」という意味だが、
まさに身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、
幾人もの男女がゼンタイに身を包んでくんずほぐれつからみあった後、
ゼンタイを脱いで顔を出すと、深い海の底から浮上したような、
催眠術が解けたような、時間の圧縮感(もうこんなじかん!?というやつ)を感じて、
「現実に戻りたくな〜い!」と泣き出す女の子まで現れる始末。
 
こんな快感を、まともな社会生活を営んでいる人々に
押し付けるようなまねをしていいのだろうか? でもSA君が言うように
 
 |文化祭で、会社の宴会で、結婚式の二次会で、罰ゲームや有志の出し物として、
 |女の子がゼンタイを着る。それもフェチパーティーとかじゃなくて、一般大衆の面前で。
 
これはしょーじきに、うれしい。
 
                           
 

2004年01月29日

[ゼンタイ]
ゼンタイの人。


 
■たまーに行く某フェティッシュバーは女の子が素人くさいのがある意味ウリだが、
そこで他の客に「この人、全身タイツのプリンスさん」と紹介されるのが物凄く嫌だ。
 
元はといえばやたらこの店にゼンタイを持ち込んで、
店に来る女の子に、片っ端からゼンタイを着せていた私が悪いのだが、
私はゼンタイも好きだけど、フツーの黒タイツのほうがもっと好きだということを
なかなかわかってもらえないのがくやしい。
 
ゼンタイの方がビジュアルインパクトが強いから、
「ゼンタイフェチ」である方がわかりやすいし、覚えやすいというのはわかる。
ただ、「おれ、じつは、ふつうの黒タイツのほうがすきなんだけど」
と言っても、なかなか理解されない。
正確に言うと、女の子たちは黒タイツフェチであることを、わかりたくないみたいなのだ。

具体的に例を挙げると、例えばラバースーツはファッショナブルでカッコいいから、
女の子も「私も着てみた〜い!」と特にフェチでなくても共感しやすい。
これが「俺、おむつフェチ。」とか言ったら、女の子はなるべく聞かなかったような態度をとる。
ラバーフェチはよくてもおむつフェチはダメなのだ。
これは女性にフェチはほとんどいない、という事実と関連している。
 
彼女たちはいわゆるモノに性的興奮を覚えるフェチではないから、
フェチに対して「自分は好きじゃないけど、理解してあげてもいい」という態度で臨む。
そうなったらあとはファッショナブルな方が受けるのは当然のことだ。
ゼンタイは着てあげてもいいけど、黒タイツじゃなー、というのが本音だったのではないか。
 
このことはマスコミの取材でも同じで、インタビューなんかで
「ゼンタイより黒タイツがすきなんです」と言うと、がっかりした顔をされる。
ひどいときは下着泥棒と同じように思われることもある。
 
あえて言いたい。フェチに上下はなく、等価値であると。
でもスカトロフェチはカンベンしてね。
 

2004年01月16日

[ゼンタイ]
ゼンタイ写真はパクられる。

 
■世界でも有数のゼンタイサイト、「ZENTAI WOMAN」をやっているSAさまとは
一緒に熱海に温泉旅行に行ったりした事のあるお友達なんですが、
その彼のサイトの画像は更新も多いので、よく画像をパクられます。
 
  おいおいおい、この大胆パックリサイト
  また画像追加してやがるぞ^^;・・・懲りもせず・・・
  しかし、ここまで派手にパクられると、
  逆に"すがすがしさ"さえ覚える・・・
 
むむむ、大人の対応ですね。
著作権の問題はネット上ではないがしろにされることも多く、
私も外国のGoogleでSchool Girlという単語で検索していたら、
自分が昔に撮ったタイツ女子高生画像が載ってるサイトを見つけて
ひっくり返ったことがあります。
 
当然こういうサイトに警告を発しても無駄になることが多く、
最近では「オープンにした画像はパクられる」と覚悟を決めています。
またネット界の偉い人の間では「クリエイティブ・コモンズ」というネット上の知的所有権について、
一定の条件の下に流用を認める方向で話が進んでいるようです。
 
そういうわけでこれからは公にしたものに関しては、
コピーされたとしても、おおらかな心で見守る必要があるようです。
ましてや世界的にも希少なゼンタイ写真ともなると・・・
あ、これは俺の撮った写真じゃないか! ムキー!
 

2004年01月08日

[ゼンタイ]
タモリ倶楽部出演の記

 
■ある日、一通のメールがきた。
「私はタモリ倶楽部の制作をしているハウフルスの○○ともうします…」
と要はゼンタイフェチについて番組で取り上げたいので、
アドバイス&出演をしてもらえないかという打診だった。
 
そのころ(2003年春)のタイツワールドでは、世界でも他にはない
コンテンツをアップロードしてあった
エアマットの上で何人ものゼンタイ男女が、うねうねと絡み合う、
約一分のゼンタイすりすり動画を流してあったのだ。
 
ゼンタイを着ると、皮膚の感覚が普段とはまったく違ったものになる。
腕や指、頬やまぶたといった部位の感覚が鋭敏になり、
そこをお互いに体を密着させて愛撫すると、心地よく、
生暖かい海のそこに沈んでいくようなトリップ感が味わえる。
性感帯への手での刺激禁止。射精禁止。
 
麻布十番のハウフルスで行われた打ち合わせで私はそのことを熱弁し、
番組はそのゼンタイすりすりパーティを小規模ながらも再現し、
それについて出演者がコメントするという方向で収録することになった。
 
場所は六本木のSMショーパブ・Jail TOKYO 。開店前の店のフロアに
エアマットをセットし、私の車満載のゼンタイを広げ、
ともに出演したPFC仲間のくすおさんとアリス君、そして
私の彼女(元)、くすおさんの後輩の女性の5人でゼンタイを着こみ、
出番を待った。タモさんがきた。山田五郎さんが来た。御茶ノ水博士と水道橋博士の
ふたりも来た。みんなはじめてみるゼンタイに興味を持ってくれたようだ。
 
収録が始まる。私は真っ赤なゼンタイを着こみ、べらべらしゃべりまくる。
軽い打ち合わせだけで、脚本はゼロに近い。もっともあっても見えないけど。
実技に移ると、出演者のみなさんののどが、ごくりと鳴った。
異常なテンションで、みんなとても番組には入りきらない量の
コメントを飛ばしまくっていた。
 
収録後、次の仕事に向かうタモリさんにゼンタイを一着プレゼントした。
タモさんはあのゼンタイを着てくれたのだろうか。
 

2003年12月06日

[ゼンタイ]
被捕食の夢。

 

■タイツをはいていて何に興奮するかということになると、いろいろ材料はあるが
私の場合、タイツに包まれたことによって、外観だけでなく、
内部まで別の性、別の生き物、別の物質に変えられてしまったという
ビジョンに支配されることがとても快感だった。
 
タイツに包まれてしまった脚は自分であって、自分でなく、あのタイツ女子高生の脚になり、
さらにはナイロン生命体((c)将軍)になり、最後には鋼鉄の脚を持つにいたる。
自分が自分でなくなること。
そのことは強烈なマゾヒスティックな快感をもたらす。
 
脚だけではない。
ある種の人は顔を、腕を包まれてしまうと、抵抗するのも面倒くさい
陶酔状態に陥らせることができる。
いわゆるゼンタイ(=顔まで覆われつくされた全身タイツ)マジックだが、
ゼンタイに包まれて頬や唇や背中や指をゆるやかに触られていると、
羊水の中にいるような、またそれとは違う被虐的な感覚を得ることがある。
 
原生動物がアメーバに包まれて緩やかに消化されてゆく感覚。
呼吸を止められ、体を溶かされ、有機物を静かに上位者に明け渡してゆく幸せな敗北感。
その感覚がどこから来るのか、少年だった私はひどく気になって仕方がなかったのだが、
ある日、テレビを見ていてその感覚の源泉に思い当たった。
 
ライオンに倒され、のどを噛み砕かれるガゼルの瞳。
その表情が苦悶から平静、そして陶酔に変わるのを見た私は天啓を得た。
 
Drug of Mercy 慈悲の麻薬。
およそ生物のほとんどは他の生物の餌となるために生きている。
つまり食べられることは生物の大切な役割だ。
その役割を果たす時(食べられるとき)、獲物はただ苦しいだけなのか?
 
否だと思った。
脳の原始皮質には食べられる役割を果たすことによって
快感をもたらす麻薬を分泌する部分があるのだろうと。
そしてそのDNAは人間にも確実に受け継がれていて、
ある種の人間は他者に捕食されるイメージで
無意識にエクスタシーを感じてしまうのであろうかと。
 
ナイロン87%・ポリウレタン13%の袋に包まれてたゆっていると、
私はアメーバに包まれたミドリムシの夢を見る。
 

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